1616BBS 無料レンタル掲示板 空の下 美しい人



風があるので、丸洗いした毛布も直ぐに乾きますね。

昔々、私は寮生活をしていたことがあります。

当時、入寮するには自分の布団を持参しなければなりませんでした。

入寮生の多くは親御さんが揃えてくれたであろうと思われる真新しい布団を持参して入寮しました。

入寮生の中には、お金持ちの娘もいたし、片親の娘もいました。

お金持ちの娘はフカフカの真新しい布団を持参してきました。

布団カバーも刺繍がいっぱい施された立派な物でした。

一方、片親の貧乏娘が持参してきた布団は…使い込まれた薄いヨレヨレの煎餅布団で、カバーも古ぼけたものでした。

 ある朝、同室の入寮生で自分の布団をたたんでいたときのことです。

「煎餅布団とは聞いたことがあるけど、貴女の布団は煎餅より薄いわね」

お金持ちの娘が貧乏娘の布団をバカにして笑ったのです。

貧乏娘は「薄くても温かいのよ。お母さんと一緒に寝るときに使っていた布団だもの」と言いました。

 ある月の給料日のことです。

お金持ちの娘は給料が入ると自分の服をいくつも買って、皆に見せびらかしてました。

貧乏娘は、お店を幾つも見て歩き「これがお母さんに似合いそうだわ」と言って、お母さんにエプロンを買い求めました。

貧乏娘はエプロンを郵送すると、残りの給料を自分の口座に貯金しました。

そして、貧乏娘は私に言いました。

「貯金をして、今よりも広い部屋にお母さんと住むの」

聞くと、貧乏娘のお母さんは離婚をして家を追い出されたそうです。

離婚の原因は妻が病弱で、病気にお金が掛かることに夫が怒り、妻を追い出したとか。

追い出された母親と娘は、ボロアパートに移り住みました。

それでも、病弱な母親は生活のためにお弁当屋でパート仕事をして貧乏娘を育てたのでした。

そんな訳で、貧乏娘は無駄使いをすることなく、貯金をしていたのです。

 当時、入寮生は何人もいましたが、私は貧乏娘が一番好きでした。

貧乏娘は心根が優しく清らかで、とっても綺麗な女性だったからです。

20歳までは、顔の良し悪しは親の責任、20歳を過ぎたら、顔の良し悪しは自分の責任って言葉が有ります。

日々の生き方や思想が自分の顔を作るのです。

どんなに着飾っても、お金をかけても、心根の美しい人には敵いません。

ペラペラの布団を見ると、貧乏娘を思い出します。 

貧乏娘は、菩薩のような優しく美しい顔で「千恵子ちゃん」と私を呼んでくれたものです。

私は、貧乏娘に名前を呼ばれるたびに、心がホッコリとして温かくなったのです。






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2018.05.25 Fri l 日記 l コメント (0) l top

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